消えた4000億円

何が起きた!?

日本経済新聞の2018年6月20日付朝刊に、IFRS(国際会計基準、国際財務報告基準)に関する興味深い記事が掲載されていましたのでご紹介したいと思います。三菱重工業の決算において、MRJに関連する約4000億円の資産を損失なしで減額し、将来の財務的リスクが消えたという内容です。三菱重工業の当期純利益は約800億円(今期予想)であり、今期4000億円の損失を計上するとなれば巨額の赤字を計上しなければないはずです。いったい何が起こったのでしょうか。会員限定記事のため引用は差し控えますが、なるべく原文の表現通りに、記事の順を追ってその要旨をまとめると、次の通りになります。

① 2018年3月末時点で約4000億円計上されていた資産が、損失を伴わないまま貸借対照表から唐突に消えた。

② 企業が資産の評価を引き下げる会計ルールに従う場合、引き下げた金額が減損損失となるはず。

③ 損失が発生しなかった理由は、会計基準である。M社は今期(2019年3月期)から、日本基準から国際会計基準(IFRS)に変えた。どちらの基準でも減損すれば損益計算書で損失が発生するが、減損の判定手法が異なる。

④ 判定手法の違いを説明。

⑤ 当該資産の収益計画に変更はない。日本基準では減損の必要がなかったが、IFRSの手法を用いると、資産の価値はほぼゼロとなり、減損が必要である。

⑥ 本来なら4000億円の損失が発生したが、今期(2019年3月期)はIFRS移行初年度である。前期と比較した資産価格の差が発生せず、損失を計上せずに済んだ。

いかがでしょうか。。。はっきり言って不親切すぎて意味が分からない記事だと思います。結局、IFRSでは減損(記事では、「資産の減損」のことを、「資産の評価の引き下げ」「前期と比較した資産価格の差の発生」「関連資産の圧縮」などと複数の表現を用いていますが、すべて同じことです)はあったのでしょうか? それともIFRSに移行したから、減損がなかったのでしょうか? もしも減損があったのだとすれば、減損損失が計上されなかったのは、なぜなのでしょうか?

解説

結論から言うと、答えは、「IFRSでは減損(※)を認識した」が「2017年3月以前に既に減損していたので、損益計算書には損失が計上されない」ということになります。損失が計上されない理由を理解するためには、「いつ」損失が発生したかが重要なのですが、記事では曖昧にされているうえに、最終的に「資産価格の差が発生せず、損失を計上せずに済んだ」と説明しているため、意味不明の記事になっています。

(※)投資額が回収できなくなるという見積りをタイムリーに財務諸表に反映するために、資産の帳簿価額を引き下げる会計処理を減損会計と言います。

簿記の基礎知識がある方向けの解説
シンプルに説明するために、まずは貸借対照表と損益計算書のつながりを理解している方向けに、仕訳を使った説明から始めたいと思います(損益計算書・貸借対照表・利益剰余金という単語がピンと来ない方は、下記に追加で解説をしていますので、読み進めてみてください)。
通常の仕訳は、こうですね。
借方 貸方
減損損失(P/L科目)  4000億円 関連資産(B/S科目)     4000億円
複式簿記の世界では、必ず貸借が一致しなければなりませんから、借方の損失を損益計算書に計上しないということは、何かが代わりに減ったはずです。答えは、2017年4月1日時点の利益剰余金です。
借方 貸方
利益剰余金(B/S科目) 4000億円 関連資産(B/S科目) 4000億円

 

三菱重工業は、2018年3月期まで日本基準で決算報告していましたが(下図の青線)、2019年3月期からIFRSへ移行しました(下図の赤線)。
IFRSによる損益計算書の本番開示は2019年3月期からですが、2期間比較で開示する必要があるため、2018年3月期から作成し始めるということになります。つまり、2017年3月期以前のIFRSによる損益計算書は作成する必要はありません。
そして、2期間の損益計算書を作成するには、2019年3月から2年遡って貸借対照表を作成する必要がありますから、最初に作成するIFRS財務諸表は、2017年4月1日時点の貸借対照表ということになります(開始B/Sと呼ばれることが多いです)。この時、2017年4月1日を移行日と言います。

「開始B/S」と同じ時点の日本基準による貸借対照表は、公表済みです。しかし、IFRSによる開始B/Sは、会社創立以来ずっとIFRSを適用してきたかのように公表済みの数字を作り変えることが原則です。例えば、IFRS移行日である2017年4月1日以前に既に減損が生じていた場合、過去の損益計算書をIFRSで作成し直して開示することまでは要求されませんが、開始B/S上で、資産の計上額を引き下げると同時に、利益剰余金を直接減額することになるのです。

ちなみに、IFRSに移行する企業は、移行後最初に公表する財務諸表に、「開始B/S」や比較年度P/L(2017年4月1日から2018年3月31日の期間)の日本基準からIFRSへの調整内容を開示することになっています。上記の事情は、2019年3月期第1四半期決算(決算日=2018年6月30日)の注記情報を読めば、詳しく記載されるはずです。

 

 

判定手法の違い?

記事がわかりにくい一つの原因は、日本基準とIFRSの減損判定手法の違いに紙面を割いているため、あたかも損失を計上しなかった原因が、その判定手法の違いであるかのように誤解を与えているところです。

判定手法の違いは、「どのタイミングで減損を計上するか」の違いであって、「損失を(損益計算書に)計上するかどうか」とはぜんぜん関係がありません。判定手法の違いについては、「IFRS 減損 ステップ」などで検索して頂ければたくさんの解説ページがヒットしますので、ここでは詳細は割愛いたします。イメージだけお伝えしますと、日本基準では減損が「相当程度確実」になるまで先送りされる代わりに、一度減損を計上したら将来戻し入れることは出来ないのに対して、IFRSは減損を敏感に認識する代わりに、収益計画が改善すれば戻し入れもあり得るという違いがあります。

このケースでは、日本基準の判定手法では「相当程度確実」とまでは言えないため、まだ減損損失が発生していませんでした。しかし、同じ収益計画でも、IFRSの世界では、とっくの昔に既に減損していた、ということになります。

そもそも、「損失を計上する」とはどういうことか?

それでは、「損失を計上せずに利益剰余金を減額した」という解説がピンとこない方向けに、もう少し基本に立ち返って説明したいと思います。
「損失」や「資産」といった用語は会計の世界固有のものではなく一般用語でもありますので、会計に詳しくない方であれば、「資産の価値が下がった」のに「損失を計上しなかった」というと不思議に思われるのではないでしょうか(不思議だからこそ、新聞記事になったのだと思います。)。そもそも会計上、「損失を計上する」ということがどういうことなのかを、貸借対照表と損益計算書のつながりとともに理解できれば、その不思議なことが起こった理由を理解する手掛かりになるかと思われます。

企業は永続することを前提に活動していますので、利害関係者に対して業績や財政状態を報告するために一定期間(普通は1年)に区切って決算を行い、いくつかの計算書を公表しなければなりません。これらの計算書のうち、メインとなるのは、1年間の業績を報告する損益計算書と、決算日時点の財政状態を表す貸借対照表です。
通常、会計の世界では、”損失”が発生した場合、特殊な会計処理を除き、損益計算書に計上して、1年間の業績に反映します。新聞やニュースで「どこどこの会社が赤字を計上」と報じられる際には、損益計算書に損失が計上されて、1年間の収益から費用又は損失を差し引いた結果(当期純利益とか、当期純損失と言います)がマイナスだったことを意味します。
一方、資産の価値が下がった場合には、貸借対照表に計上される当該資産の金額を減らすことになります。
この2つの計算書はつながっています。資産の価値が下がれば、貸借対照表における資産計上額がマイナスされると同時に、損益計算書に同額の損失が計上されることなります。さらに、損益計算書で集計された1年間の当期純利益(又は損失)は、貸借対照表に「(繰越)利益剰余金」という名称で、翌年度へ繰り越されます。貸借対照表に計上されている(繰越)利益剰余金とは、過去に会社が稼いだ金額の累積ということになります。
このように、すべての損失は、損益計算書を通して計上され、貸借対照表に繰り越されるのが原則です。

原則はそうなのですが、この会社においては、損失の発生日(移行日以前)のIFRSによる損益計算書は作成しませんので、損益計算書に損失を計上したくても出来ません。そこで、IFRS移行日時点の貸借対照表(開始B/S)で、過去の損益の累計である「利益剰余金」を直接減額したのです。

もし会社が今後も日本基準で報告し続けていれば、収益計画がさらに悪化していつか巨額の減損損失を損益計算書に計上する羽目になったかもしれません。しかし、会社は、IFRSへの移行を上手く活用して、一度も損益計算書に損失を計上することなく、資産の評価額を引き下げることに成功しました。4000億円の含み損を抱えた資産を貸借対照表から除外したことで、将来の損失発生のリスクを回避したのです。


おわりに

IFRS 任意適用・適用予定上場企業の全上場企業の時価総額に占める割合は、平成 30年3月末時点において 30%を超えました。トヨタ自動車やソニーが導入の本格検討を始め、採用企業は年内に200社に達する見通しです。
この流れに従って、最近IFRSに関する新聞記事もちらほら見かけるようになりましたが、書いている本人も意味がわかっていないのではないか?と疑問に思う記事も少なくありません。今回の記事は特にひどい内容でしたので、解説を試みてみました。

IFRS導入をご検討中の日本企業様、親会社へのIFRSによる報告と日本基準による計算書類作成・税務申告が同時に求められる外資系企業様で、IFRS調整に関してお困りのことがございましたら、当会計事務所にご相談ください。日本基準とIFRSの間の調整のみならず税務にも強い公認会計士が、スムーズなIFRSへの移行や、IFRSレポーティングパッケージと会社法計算書類の間の調整等をお手伝いさせて頂きます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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